Gray Area

”白黒はっきりしない部分”と言う意味です。

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一番最初に言っておきますが、自分は暴力とスポーツはナンセンスだと思っています。自分のコーチ哲学に、暴力が選手を正しい方向へ導く為の手段だと言う事は一切ありませんし、その考えは今後変わる事はありません。それをふまえた上での話しです。

近日暴力指導とスポーツがとても話題となっています。自分自身は野球の桑田さんの考え方にとても共感しており、もっともっとメディアで取り上げてもらってもらいたいと思っているほどです。

アメリカのスポーツ界では暴力に関してグレーエリアはありません。暴力を振るったら問答無用で即クビです。それが本来スポーツのあるべき姿だと思っています。

しかし、暴力指導を全くサポートするわけではありませんが時にはきれい事だけでは済まない場面があるのかなと思ったりもするときがあります。それは日本人としての”文化”、生き方も関係しているのかもしれません。

極論を言えば神風特攻隊は暴力指導の究極だと思いますし、それをお国の為と思って指導/信じて来たのが日本人です。あと文科系の方々には理解し難い”体育会系内のルール”というのも存在します。暴力指導を長年やって来て、それが公になっていないだけで、それで成功して来たコーチ陣は日本にたくさんいると思います。

自分の理想のコーチ像は”バスケットを通して選手一人一人を人間として成長させ、社会に通用する人間に育て上げる事”です。しかしこれはあくまで過程論であって、スポーツ界に求められる物は結果です。結果が全てだと強く感じます。

ですので暴力指導をしているコーチでもで結果を出していればそのコーチの元に選手は集まるだろうし、社会からの理解も”あそこのコーチは結果を出していてすばらしい”になると思います。

私は暴力指導には絶対反対です。それは変わりません。しかし指導の仕方にはっきりと”黒”とするのは結果が伴っているコーチに対してはなかなか言えないのではないかなと思ったりもします。指導スタイルはコーチそれぞれです。それぞれのコーチがそれぞれの特色を生かして指導するから選手は成長していき結果がだせるのだと思います。

*自分の願いとしては一日も早く暴力抜きで良い指導が出来るコーチだけのスポーツ世界になる事です。

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Gray Area」への2件のフィードバック

  1. Kennyさん、名前はダサいけど良い事を書きますね!

    スポーツと暴力は絶対に共存してはいけないと思います。
    そもそも、スポーツの際に必ずする”握手”は
    ”私は武器を持っていません。アナタを傷つける事はありません。”という意思表示をするための、昔の人が考えたボディーランゲージ。

    もちろん、コーチと選手もいろんな場面で握手をしますが、その手で指導の為とはいえ殴ることは良くないと思います。

    子育ても一種の”指導”ととらえるのなら、親の暴力も黒とは言えないのですかね。
    たとえば、親に幼少期から殴られながら勉強して東大に入り、医者になった子供。
    これは、黒ですよね? 結果がどうあれ、過程は黒。

    という事は、
    どんなに結果が伴ったコーチでも、暴力を使った時点で黒なのでは??

    Kennyさん、名前はダサイけど、ブログ楽しみにしています!

    • きも

      貴重な意見ありがとうございます。
      自分もあなたの意見には賛同します。しかし、子どもによってはそういう促し方/指導をしないとどうにも出来ない子も中にはいるのかなと。
      そして必ずしもそういう子どもが暴力的、いじめっ子のような性格になるとは限りません。現にそういう指導を昔受けて、逆に子どもたちには自分と同じ思いをしてもらいたくないと考えられる指導者もいます。過程論では”黒”だと思いますが、結果を見て過程を見返したら必ずしも”暴力”=”黒”とも言い切れないのかなと最近感じます。
      *私は絶対暴力指導に対しては反対だと言う事は申しておきます。

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