外国人になると言う事

“これは当然このやり方でやってくれるだろう”
“これは当然この理解でお互い間違いないだろう”
外国人(外人は差別用語です)選手に対して日本人選手なら理解してくれるであろう事(文化的な事)を当たり前のように期待してはいけないと思う。
もちろん日本に長いシーズン住む外国人選手の為に、全て彼らの文化やリクエストに応えていく必要はないと思う。
彼らは日本でプレーする、日本に一年近く住む覚悟で来ているので、日本の文化をわざわざ彼らの文化に変えていく必要はないと思っている。

しかし、外国人になると言う事はそう簡単な事ではない。

留学経験がある方、海外旅行に行かれる方はわかると思うが、道一つを聞くにしろ“自分の英語は理解してもらえるだろうか”、“そもそも話を聞いてくれるだろうか”、“私たちの事をどう思っているのだろうか”などなど異国の地で母国語以外の言葉を使うと言うのは相当勇気のいる行動だ。
しかも文化も当然違うし、母国で通用する事が異国の地ではタブーな場合も多々ある。
その勇気を振り絞るだけでも大変な事なのに、現地住民と“同じ”行動を最初から求められるのは相当なプレッシャーであるし、大変な仕事である。
自分たちの文化を理解してもらう事は大前提だが、いきなり私たちの文化/常識を彼らに理解してもらうと言うのは無理だと言う事を念頭に置いた方が良いと思う。日本人一人一人が日本代表なのだから、自分の行動一つで外国人の日本に対する考え方が変わってくると常に自覚して行動するべきだと最近ふと思った。

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