Competitiveness

”競争すること”

 

選手同士でさえ日々競争、闘争心を燃やして過ごすというのは”慣れた環境(毎日同じ味方同士での練習など)”では難しいものです。

それをいつになっても”慣れた環境”にさせないようにするか、感じさせるかが重要なことです。

”プロ”としての厳しい環境があれば、もしかしたら明日クビになってしまうかもしれない、プレータイムを一生懸命練習して獲得しないと自分の居場所がない、など自分自身に常に鞭を打って最善を尽くさないといけないいい意味でのプレッシャーが日々あるはずです。

 

しかしそれはコーチ、指導者も同じ環境にいなくてはいけないのではないでしょうか。

 

選手にだけ”競争力”、”プロとしての自覚”などと日々煽っていて、指導者の人たちは違う土俵では本当の”プロ”集団としては違うのではないでしょうか。

 

 

ウエストバージニア時代、マネージャーになるのでさえみんな必死でした。上にステップアップするために、どれだけ日々チームのためになることを一生懸命出来るか競い合っていました。

アメリカの場合は指導者になるのもDream Jobの一つです。その道の険しさは大学時代からみんな肌で感じて、自分の色をどれだけ正しい場所で正しいタイミングで出して、上の人たちに認めてもらえるかを競い合っています。

 

コーチも選手達と一緒で”Competitiveness”が求められなければ、それは選手からしてもアンフェアーですし、何より日本のバスケット界が良くならないと思います。

 

戦場に行くのに、指揮官の身の安全は確保されていて部下だけが死と隣り合わせではその軍の最大限の力や、相手に自分たちの最大の緊迫感は感じさせられないと思います。

 

 

自分でこんな偉そうなことを言った分、自分自身また身を引き締めて日々前進していきたいと思います。

 

Basketball Takes You Everywhere

“This one basketball took me a lot of places…, here and there…”

あのNBAのスーパースターコービーブライアントの父であるコービーパパのクリニックでの言葉です。ウェストバージニア時代のコーチの方々もクリニックで同じようなことを子供達に伝えていました。

自分も今日本国内ではありますが、バスケットボールのおかげで出身地とは違う地域で仕事をさせてもらっています。

日本国内でも、これが”当たり前”と思って過ごしていた日常が、地方に行ったら全然違う文化でみんな生活している。これは僕にとっては本当に新鮮で、毎日が本当に楽しいです。

 

”郷に入っては郷に従え”

 

本当にその通りだと思います。自分自身の”当たり前”をずっと頑なに持ち続けるのではなく、地方に住んだら少し他の考えを受け入れる姿勢を持つだけで自分の人生としての考え方や感じ方が豊かになってくる気がします。

別にその文化を一つ一つ大好きにならなくてはいけないということではなく、ただ最初から自分の考え以外は受け入れないというのは、せっかくバスケットボールのおかげで出会えた人たちや文化の吸収を妨げることだなと思います。

 

日本人なのにこんなにも”日本”という国を、”日本人”をまだまだ知らないのかといい意味での驚きの発見と、海外に出たときに日本の本当の素晴らしさは何なのということをちゃんと伝えられるか不安にもなります。

 

自分の人生に”バスケットボール”があったということを、新たな土地で新たな人と出会うたびにつくづくラッキーだったなと感じます。小さい頃から”このボール一つで自分の人生が豊かになる”と本当に知って、感じることができたなら、今の自分はどこにいることが出来たのだろうと想像してみたりもします。

 

 

 

Before Basketball, We Are PEOPLE

ここ最近凄く自分の中で思っていることです。

もちろんバスケットの戦術の話、技術の話、とても大切なことだと思います。しかしその自分の考えを伝える”相手(選手)”がいることがとても重要だと思います。

 

”コミュニケーション能力”

 

それは一つでは全くありません。色々な方法があるはずです。これはYoutubeを見ているだけでは備わらない能力です。色々な人と色々なときに色々な場所で出会うことによって養われていくものなのかなと思います。ときには自分とウマが合わない人とも過ごさなくてはいけませんし、ウマが合う人を見つけても厳しい関係になるように自分を仕向けなくてはいけないようなときもあるはずです。

 

また”人としての幅”もコミュニケーション能力に直結してくるものだと思っています。

 

常日常的に使われている色々なフレーズを少し違う角度から真剣に考えてみると、意外と当たり前に使っていたようで全く知らなかったりするものです。

 

そういったことから、”バスケットだけを教えるのではなくて、人としての部分を大切にしなくてはいけないな”とここ最近強く思っています。