2015-2016 Season Starts with W!!

今日のTKbj league最後のシーズンが各地で開幕戦を迎えました!

我がライジング福岡は大分ヒートデビルズ相手にアウェイゲームでした。

立ち上がりからライジングのペースで試合を運ぶことができ、無事勝利でスタートを切ることが出来ました!!

明日も今日の反省を生かし、チーム全員でWを勝ち取りに行きます!!

良い結果を出すための過程

先日香川県で高松ファイブアローズとプレシーズンマッチをしてきました。

延長戦の末、無事勝利を収めることができました。まだまだまだまだチームとしての課題も残りましたし、スタッフ陣にもいい教訓になった部分がたくさんありました。ライジングとして、外国人選手も含め全員で試合をしたのが初めてだったので勝利という結果が出て良かったと思います。

今週はそこの反省点を修正しつつ、また自分たちが一歩前に進めるように準備していく予定です。

その同時期に、ラグビー日本代表がラグビー界一大きいUPSETを起こしました。世界三位の南アフリカを倒したのです。

畑は違えど、スポーツの世界。素晴らしいヘッドコーチやコーチ陣の元、選手も一生懸命練習を重ね、またその素晴らしい技術の上にチーム全員で作戦を遂行しようという一つの共通意識があったから達成できたことだと思います。

結果が出なければなかなか注目されないし、評価されないスポーツの世界。しかし、やはりそこの目標に行くまでの過程を軽視していては絶対たどり着きません。

どんな過酷な日本ラグビーはどれだけの期間過ごしてきたのか、いろいろ気になりますし学びたいと思います。

私たちライジングも、福岡県という一つのバスケット大国のプロチームとして準備の大切さをしっかりと理解し、最後に有終の美を飾りたいと思います。

コミュニケーション

”しゃべろう!”

コート上ではよくこのようなことがアメリカ、日本を問わずバスケットの世界で言われ続けていると思います。
コミュニケーションとはそもそもなんでしょう?

”語源はラテン語で「分かち合う」を意味する”
では、コミュニケーションはメッセージを送る側(Sender)と受け取る側(Reciever)が同じ理解を得ないと成り立ちません。

練習中や試合中、良く”声を出せ”や”しゃべろう”というのに対して、Senderだけではなくて、Recieverの反応や回答がとても重要視されるべきだと最近感じるようになりました。”僕は言いました”ではダメということです。双方の理解が合致して初めてCommunicationと言えるのでしょう。

今後指導者の注意点として、少し角度を変えた観点からコミュニケーションとはということについてより一層深く考えていけたらと思います。

追われるという立場に立つこと

”常勝軍団”

かつての能代工業高校、スラムダンクでの海南高校、世界陸上のウサインボルト、そして今日男子200mで準決勝を決めたサニブラウン君など、一度その世界で優勝など脚光をあびると、周りの見る目が、”また次回も”という期待の眼差しに変わっていきます。

私はそんな立場になったことありませんが、その様な選手たちを見ていてすごいなと思うのは、よく言われる”気持ちの強さ”だと本当に思います。

下克上でのし上っていく選手(たち)は、追われる選手に比べたらプレッシャーはさほどないと思います。スラムダンクの湘北vs.山王戦がその臨場感をとても上手に表現していると思います。

挑戦者側のチーム、選手は負けてしまっても、本人たちの悔しさを除けば周りの人たちは”良くやったよね”と評価してくれます。

しかし王者、常勝軍団はそうはいきません。周りからのいろいろな声、雑音が聞こえてきます。”あんな相手にこんな試合運びをしているようじゃな”、”期待していたけど…”など、勝っているときはあんなにフィーバーしていたのに、一度でも負けてしまったらため息の嵐です。

もちろん試合前、挑戦者側のチームは常勝軍団の名前に圧倒されます。しかし、常勝軍団は試合前からそれ以上のプレッシャーがあるはずです。”絶対に勝たなくてはいけない”と言う周りからのプレッシャーです。
もし試合がもつれてしまったら、観客の雰囲気が”こんなところで王者が負けていいのか?”という感じになっていきます。そのときにどれだけ焦らず、平常心で自分たちのパフォーマンスを出来るか。並大抵の精神力ではないと思います。

現在世界ランク5位の錦織圭選手。
自分一人でコートに立ち、常にメディアの注目の中心にいてあれだけきちっと結果を出してくる。その精神的な強さはどこから来るのか。本当にそんな精神的な強さを教えられるものなのかなと、指導者の立場としては考えしまうくらい凄まじいメンタルタフネスだと思います。

指導をしていく上で、”強い気持ちを持て”と言うだけではなく、常日ごろの練習でそれが鍛えられるような、それを少しずつ教えていけるような、そんな指導者に是非なりたいと思います。

スポーツを指導するというのは奥が深い。

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JSS (Jissen Sports School)

昨日、関東一位の実践学園中学校が主催するJSS(http://jgriffins.net/modules/tinyd7/)にお邪魔して、ワンセッションだけクリニックをさせてもらいました。

実践学園中学校の男子バスケ部顧問の森先生は私が中学校時代の時の恩師でもあります。今回はそんなご縁があり、スペシャルコーチいという形で参加させてもらいました。

今回で2回目の参加でしたが、前回同様小学生にそんなことまで?というハイレベルなバスケットの考え方や、スキルアップトレーニングの紹介など盛りだくさんでした。

一番感心したのは、ヘルパーで手伝ってくれた実践学園の選手のみなさん。男女ともに部員の選手がお手伝いをしてくれましたが、全員がクリニックに参加していた小学生に声をかけていました。しかも技術的な指導も含めてです。

アウトプットが出来るほどそれぞれの選手のドリルへ対する理解度の高さや、積極的に子供達に触れ合う姿勢は感動しました。さすが関東代表になるだけの一人一人の人間としてのレベルの高さを感じました。

次回は10月に行われるそうです。時間や場所などの問題があるかもしれませんが、参加できるお子さんや指導者の方々は是非訪れてみてください。色々なところでこのJSSの良さが垣間見れると思います。

*写真はJSSのホームページからお借りしました。

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コート上は年上も年下も関係ない!は綺麗ごと?

大分ご無沙汰しております。

昨年のシーズン中からバタバタしていて、いつもアップしようアップしようと思っていたのですがアップ出来ずに…今後はちゃんとしたスパンで何かしら価値のある情報を皆さんに提供できればと思います。

 

さて、題名にもありますが、みなさんはこの決まり文句を何度も耳にしたのではないでしょうか:
”コート上では年齢、上下関係なんて関係ないっ!先輩だろうが後輩だろうがコミュニケーションをちゃんととれ!”

 

これを言うのは簡単でとても重要なことですが、実際やる方としてはコート外での人間関係で大きく変わってくると思います。

日本人は言葉遣いまで上下関係で気を使います。アメリカではあまり上下関係を気にしないんでしょというのは、普段”敬語”と言われるものを意識して喋っていないからではないでしょうか?もちろんアメリカにも場面に応じたかしこまった言い方はありますし、上下関係をしっかりと表現しなくてはいけない場面も日本の社会と同じぐらいあります。

日本の部活動で私が始めに習ったうちの一つは、先輩への(社会生活での?)言葉遣いだったような気がします。小学校ではあまり意識せず年上とも”タメ語”で喋っていましたが、中学高校と先輩への話し方はとても意識するようになりました。

そんな中で”コート上では!!”何て言われても、正直先輩に要求したいことを強く言えるなんてことはできないと思います。それにその言葉遣いのせいで、今まで良好であったコート外での生活にも影響が出ないとも限りません。

 

プロの世界に入っても、年齢に差が出てくるのは当然のことです。コート内外でのコミュニケーションの取り方で、コート上でしっかり心を通わせて”年齢関係なし”にプレー出来るかどうかが決まってくると思います。

なので、むやみやたらに”先輩後輩なんてコートに入ったら関係ないんだっ!”と言わず、しっかりお互いの理解を深める場をちゃんと指導者として作ってあげることがとても重要なのではないかと思います。

 

 

一言で”Communication”と言ってもとても難しいですね。
課題は尽きないです。だから楽しいですけどね…

人を紹介するという行為

アメリカと日本ではいろいろな文化の違いがもちろんあります。両方にいいなと思うところや、いやいやそれは違う感じがするなと思うところがあります。

アメリカの文化とまでは言わないかもしれませんが、私はアメリカ人が”当たり前”にする行動でとても素晴らしいと思うことがいくつかあります。
そのうちの一つが“人を紹介する”と言う行動です。

その言葉だけ聞いたら日本人も、“当たり前に出来ているじゃないか”と思われる方が多いと思います。

例えで言うと、私がAさんとBさんの知り合いで、AさんとBさんは初対面の場合です。

私がアメリカで感じた“当たり前の文化”は、私が両方にの方々を知っている場合、私が一番最初に“この方々は”とお互いの間を取り持って三人仲良くやって行こうと紹介する行動することです。
それは私がアメリカにいた時、どの会場にいた時でも、私のボスは“今私の下で働いているケニーです”と必ず会う新しいコーチ陣に紹介してくれました。
別に紹介文が長い必要は全くないと思います。その後すぐに私たちが打ち解けるかどうかは別として、 名前と自分の関係を相手に紹介してくれるだけで、一番最初のいかにも赤の他人という変な空気は無くなると思います。

しかしそれが日本ではあまり“当たり前”の文化ではないような気がします。私自身、実際AさんやBさんの立場になることがありますが、最初から最後まで相手を知らず、相手がいなくなってから共通の友達に名前などを聞くことがあります。

日本でも人を紹介する文化はいろいろな形であると思いますが、このように毎回毎回“当たり前”のようにされている方々は少ない気がします。人は一人では生きていけないと思いますし、私自身人と関わることが好きなので余計にこの行動を気にするのだと思います。日本人として相手を思いやる“おもてなし”精神を常々持っていれば、人を紹介するという文化が“当たり前”の行動になるのもそう難しくはないと思います。

ぜひ自分の友達同士を紹介し合って、自分自身の仲間の輪を広げていってみては?

見る力

観察力と言い換えてもいいかもしれません。

私は東京出身です。日本のバスケット界を生きていく上で東京出身というのはとても有利だと思います。
もちろん全国いろいろな地域でバスケットが盛んな都道府県はたくさんあります。
しかし、多くの決勝や大きな大会は東京でやることが多いです。特に大学は関東のレベルが昔から高く、小学生ながら代々木第二体育館に学生の試合をよく見に行ったものです。

身体能力がない自分は、どちらかというと頭でバスケットをするタイプだったように思います。その知識が養われたのが、試合をとにかく小さい時から“見る”と言うことでした。
インターネットでも放映がされてない時代だったので、いろいろ東京各地の会場によく足を運んだものです(高校生以上を中心に)。

そのおかげもあって、大学生の“バスケットの常識”と言うのは小学生の時に少しずつ理解できるようになりました。
ミニバスの時に、速攻に行かれそうな時わざとファールをしてそれを阻止することや、ボールをもらう前に走っている味方を見るよう意識してみたりと、学生のお兄さん方がやっていることを見よう見まねでよくやっていました。

日本人の子どもは、バスケットは自分でするけれど“見る”ことに興味があまり無い様な気がします(アメリカと比べて)。それはテレビをつけてもバスケットがメディアで取り上げられる回数が少ないのももちろんですが、なかなか地上波で試合をやらないということもあると思います。
アメリカではESPNというスポーツチャンネルがあり、毎日NBAやNCAAの試合やダイジェストを見ることができます。

指導者から直接教わる技術もそうですが、自分で“見て”それを想像したり理解したりすることで成長の割合が大分違うと思います。
バスケットを自分でプレーして技術や戦術を覚えることも大事ですが、“見て”学ぶ大切さも小さい頃から教えていきたいものです。

*桜木花道も成長真っ只中では流川のプレーをじっと見つめて学んでいました。

WVU Sweet Sixteen!!

University of Who?!

私の母校であるWest Virginia Universityがバスケットの全米大会でベスト16になりました!

明日エリートエイトをかけて、今シーズン無敗のUniversity of Kentuckyと対戦します!

3年間大学のマネージャーとして務めましたが、アメリカでの全米大会に出場する厳しさ、そして全米大会に出てからの一発勝負の厳しさは目の当たりにしてきました。

サイズではかなり劣っているWVUですが、名匠Coach Hugginsが必ず作戦を打ち立てて面白いゲームを展開してくれると思います。

日本からもウエストバージニア大学にエールを送ります!

Once a Mountaineer, Always a Mountaineer!!
Lets Go Mountaineers!!

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Treat people how you want to be treated

“自分自身が人からどのように接して欲しいか。そういう接し方を他人にしてあげなさい”

これは日常生活でも言えることですが、スポーツの世界でも同じことが言えると思います。特にバスケットとサッカーにはとても重要な感覚だと思います。

バスケットではパスの交換をして得点へと結びつけます。そのパスを出す側、受ける側が他人のことを考えられないと“思いやりのないパス”交換になってしまいます。

小さい頃、パスは強く早く出しなさい。そうすればディフェンスは反応しづらいから、とよく言われました。

それも全く間違いではありません。しかし、そのただ単に早く強いパスがシュートへ繋がるかと言ったら、必ずしもイエスと毎回言えるわけではないと思います。
試合中、パスを味方が受け取れずにミスをしてしまった時、多くの場合パスを出した側が怒っているケースが多い気がします。しかし私からすれば、それは出した側に大いに責任があるといつも思っています。

問題は相手への思いやりがかけていることだと思います。

相手がパスを取りやすいところに、回転をかけて取りやすいパスを出せていたのであろうか。自分の都合だけで、ただ単に早く強いパスをぶっきらぼうに出して責任を全部レシーバーに押し付けていないだろうか。

パスというのはバスケットの中で会話のないコミュニケーションだと思います。それに思いやりや、他人を気遣う姿勢が見えなかったらいいパスとは言えないのではないでしょうか。

かなり感覚の話になってしまいましたが、パスを出す方は自分の味方を観察しなくてはなりません。自分だったらこうしているかなとか、“自分自身を他人の立場に置き換え”たうえでパスを出すと、パスというコミュニケーションにミスが起きづらくなってくるのではないでしょうか。